【セリーヌ CELINE】
セリーヌの起源は1925年、ローマでエドアルド&アデーレ・セリーヌ夫妻がローマに小さな皮革製品の店と毛皮工房をオープンした事から始まる。
1946年、ピアーヴェ通りに店をオープン。これを機に創始者の娘、セリーヌ五姉妹が会社に従事し始める。
その後、セリーヌ家の五人姉妹パオラ、アンナ、フランカ、カルラ(現社長)、アルダの才知と手腕によって、店は発展。
1965年にカール・ラガーフェルドがセリーヌ毛皮のデザイナーに就任。
ラガーフェルドは、かつて試されたことのなかった、織り込み、重ね込み、エナメル加工、ステッチ使いなどさまざまな技法を駆使。
クラシックな毛皮のイメージを一新し、クリエイティブで機能的なものに変えた革新的なデザインが話題を呼ぶ。
CELINEは上質の皮革製品を生み出すイタリア伝統のクラフトマンシップと斬新なデザインが結び付き、新テクニック、新素材への挑戦が多くの人の支持を受ける。
セリーヌはカール・ラガーフェルドの革新的なアイディアとたぐいまれな職人技の結びつきによって、ほかの毛皮専業メーカーの追随を許さない、ラグジュアリーで個性的なモードブランドへと成長を遂げる。
1969年、セリーヌは毛皮コートのプレタポルテを発表。
革製品もプリントや脱色、染色加工など新しい試みを施され、同時にバッグや小物も発表した。
このときに、1940年代からコートや羊のバッグの裏地として使われていた「ダブルF」の柄にカールが着目、これを表側に使うよう提案し、有名な「セリーヌ ズッカ柄」が誕生。
以後、ブラウン地にブラック文字の「セリーヌ ダブルF」はブランドのアイコンとして現在まで人気を保っている。
1977年には毛皮や革製品にコート、ジャケットなど幅広いアイテムが加わり、本格的なプレタポルテをスタート。
ラガーフェルドが発表したセリーヌ初のコレクションは、ニューヨークの有名百貨店「ヘンリ・ベンデル」がコレクションすべてを買い占めたという。
1980年、セリーヌは既存のダブルF柄に、幅広のストライプ柄ぺカンを新たに加える。
1985年にはローマ現代美術館においてセリーヌ60周年およびカール・ラガーフェルドとのコラボレーション20周年を記念した展覧会を開催。
同年、セリーヌ初の香水を発表。
1987年、創始者の孫世代が本格的に参加。毛皮とスポーツウェアのライン、セリーヌッシメを発表。
1989年、ニューヨーク5番街720番地にアメリカ初のフラッグシップストアをオープン。
同年、セリーヌ・ウオモ(メンズ)フレグランスを発売。
1990年、衣類と小物のトータルメンズコレクション、セリーヌ・ウオモを発表。メンズはシルヴィア・べントゥリーニ・セリーヌがデザインしている。
1997年、新作バッグ「バゲット」を発表。
スタイルオフィス・ディレクター、シルヴィア・べントゥリーニ・セリーヌにより、97-98秋冬コレクションにて発表され、一大ブームを巻き起こす。
このセリーヌのバッグは、クロコダイルやファーなど約600種類のバリエーションが生まれ、現在に至るまで世界で約40万個が販売されたという。
1999年、新作バッグ「セリーヌ ロールバッグ」を発表。同年、LVMHグループとセリーヌが資本参加し、合弁会社を設立。
2000年、セリーヌ直営店のネットワークを強化、全世界で4店舗から83店舗まで拡大。LVMHグループがセリーヌ株式の51%を所有することとなる。2001年春夏、一回り小さなサイズのダブルF柄「セリーヌ ズッキーノ」が登場。
日本では、1972年から、アオイによって展開され、1974年ホテルニューオータニ・サンローゼ赤坂にブティックをオープン。
しかし、LVMHグループ入りに伴い、2001年3月には、LVMHとアオイによる、セリーヌ・ジャパンを設立。
LVMHの力が強まるにつれ、赤坂店(同店の上にアオイの東京本社がある)はクローズされ、LVMH主体の店舗展開がなされるようになる。これを受けて、
2003年8月銀座・並木通り店クローズ。
2003年9月20日、セリーヌは表参道のLVMH複合ビルにセリーヌ、ダナ・キャラン、ロエベとともにONE表参道店オープン。
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セリーヌ バッグ、財布、小物は次々と新作が発表されています。
セリーヌ バッグのライン
マカダムライン パリマカダムライン ブギー Occasionally マルチカラー ジャガードブラゾン リリー などのバッグがある。
セリーヌの公式サイト
CELINE
http://www.celine.com/
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