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ブランド情報辞典 > カルティエ(CARTIER)


【カルティエ CARTIER】

1819年に生まれたカルティエの創始者ルイ=フランソワ・カルティエ(1819〜1904)は、宝石商アドルフ・ピカールの工房に入門。

ピカールの有能なアシスタントとしてその存在を認められる。

1847年、彼が28歳のときにピカールはパリ・モントルゲイユにあった自分のアトリエをルイ=フランソワに譲渡。そして1853年、ルイ=フランソワはファッショナブルな人たちが買い物に出かけ四輪馬車に乗って往来する当時の贅の中心地、パレ・ロワイヤルの隣ヌーヴ・デ・プティ・シャン通り5番地に自分の店を構える。

このころからナポレオン3世皇妃であり、当時のファッションリーダー的存在でもあったユウジェニー皇妃を顧客に迎え、王侯貴族たちをとりこにしていった。

ルイ=フランソワはさらにカルティエの家業を伝統として樹立するため、息子のアルフレッド(1841〜1925)に事業を伝授。

1872年にアルフレッドを共同経営者とした。時代はナポレオン3世による第2帝政からパリ・コミューン(労働者・市民が中心となって作った自治政府)、第3共和政へと移る混沌期。その混沌から逃れるべく、アルフレッドはパリからロンドンへ渡る。
そしてロンドンの地で、ビジネス手腕を見せ、世間に宝石商としての地位を知らしめた。

アルフレッドの長男、ルイが、現在のカルティエのもつ「洗練」の基盤を完成した。

1898年に経営を任され、同じ年にカルティエ一家と旧交があり、ファッション・デザイナーでオートクチュールの祖とあがめられたチャールズ・ワースの孫娘アンドレと結婚した彼は、翌1899年、現在のカルティエ パリ本店のあるラ・ペ通り13番地に店を移転。
ワースをはじめゲラン、メレリオなど一流ブティックが軒を連ねるファッション通りであった。

ベルエポック(良き時代)と呼ばれる普仏戦争〜第一次世界大戦(1871〜1918)の間、ルイ・カルティエの新しいジュエリーのクリエーションは世界の王室や富裕層を席巻した。

この筆頭に、ガーランド・スタイル(花と葉をモチーフに使った花冠で、ヨーロッパの王室で愛用された)のティアラやネックレスがある。



カルティエの時計、バッグ、財布の新作に目が離せません

  


カルティエのライン別シリーズ

−時計−

サントス ドゥモワゼル ヴァンテアン(マスト21) サントス100 サントスガルベ タンキッシム タンク アメリカン タンク アロンジェ タンク フランセ−ズ ディヴァン ミニディヴァン パンテール ミニパンテール ベニュワール ロードスター デクラレーション タンク バスキュラント タンク アクアリーノ パシャ、パシャC 

−リング−

ハッピーバースデー リング トリニティ リング ラニエール リング ラブリング(ラヴリング) C2リング

−財布、小物−

カボション(カボションライン) マスト(マストライン) トリニティ(トリニティライン) などがある。



カルティエの公式サイト

 CARTIER
 http://www.cartier.com/jp/
 最新作のニューコレクションも見ることが出来ます。





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